【映画感想】マッドマックス〜怒りのデス・ロード〜
どうも、絶望の春巻です。
今回は、初めての映画の感想を書いてみたいと思います!
視聴したのは「マッドマックス〜怒りのデスロード〜」。
数年前から見てみたいと思っていた作品だったので、見れてよかった!
※以下映画の内容のネタバレを含むのでご注意ください!!
全体を通しての感想
「いや風刺多いな!」というのが最初の感想でした。
特に、富裕層が資源を独り占めしており(作中では水資源や若く健康な女性)、多くの民衆が貧困に喘いでいるところなどはモロにアメリカ社会を風刺しているな〜と。
やはりテーマが「怒り」というところもあり、現実の社会の人々が抱えている怒りを映画を通して表現する、という意図があるんでしょうね。
また、監督は日本が好きなのかな?と思う描写が多々ありましたね。
怒りの表現
「怒りのデス・ロード」という副題がついているだけあって、各所に「怒り」の表現が散りばめられて居ましたね。登場人物が皆何かしらに怒っている。
「貧困に喘ぐ民衆達の怒り」
「故郷を奪われた怒り(環境問題)」
「女性差別に対する怒り」
「子供を死なせられた怒り」
そのほかも探せばたくさん見つけられると思います。
ただ、怒りが全てというわけではないんですよね。現状に抗って、未来を手にするという「怒りの向こうにある希望」も少しではあるけれど描いている。
日本要素?
所々に日本的な要素を感じる描写が多かったですね。
監督は日本好きなんでしょうか(調べてもいない笑)?
例えば、イモータルジョーが民衆の前に出る時は日本の武士が戦に出るときの甲冑のような物を身に付けていましたし、
またイモータルジョーの追手の中には戦闘が開始される直前、ジャカジャカとギターを弾く役割の人が居ましたよね。あれって日本の螺貝に似てないですか?
自分は見た瞬間「あっ、戦闘の前に吹かれる螺貝と一緒だ」と思いましたね。
全体を通して
とまあ、ここまで書いてきたような見方や真面目な視聴・考察をわざわざしなくても、単に爽快感のあるロードムービーとして見ても良い。懐の深い映画だと思います。
大画面で見たら気持ちいいだろうなあ。(自分はアマプラで見たのでスマホです笑)
ただ疑問は多く残る映画でもあって。
作中に出てくる母乳って、何の表現だったんでしょう?
竹馬みたいなものに乗っている種族は何の暗喩?
とかとか。また考えてみたいと思います。
というか、もっと「絶望」という観点から映画批評してみたいですね・・・
一応、このブログの大きなテーマは「絶望」なものですから・・・
それでは今日はこの辺で。
良い1日をお過ごしください。
【鬱病記録】なんだかそわそわすることについて
どうも、絶望の春巻です。
こうして文章を書くのが既に面倒になってきております😅
ですが、なんとかこのブログは続けていきたいので何か書いてみます。
鬱病でなくてもかもしれないですけど、そわそわするんですよね。
いつも何かしなくちゃ、でも何をすればいいのか全然分からない。エネルギーがどこかへ行こうとしてるけど、その行き場所が分からない。
本を読んでもそわそわ、絵を描いてもそわそわ、映画を見てもそわそわしてて。
この感覚が自分は非常に苦手です。
なんとしてもこの状況から脱却しようとするのですが、それもなかなかうまく行かず。
酷いときは寝る時間までずーっとこのそわそわが続いてます。
今日も今日とてそわそわしっぱなしです。
こういう時、有り余ったエネルギーが変に怒りの方向に向かないように気を付けたいですよね。
今度は映画の感想とか、書評とかやってみようかなぁ...好きなんですよね。
それでは今日はこの辺で。
よい1日をお過ごし下さい。
【アダルトチルドレン】自分の気持ちが分からない
どうも、絶望の春巻です。
今回は、母と感情が同調(シンクロとも言える)してしまうことにより、母の感情の代弁者になってしまっていた自分の話をしたいと思います。
最初の記憶
前の記事でも触れましたが、最初の代弁者としての記憶は2歳頃です。
思い浮かぶ情景は、私が父を殴っているというものです。
どうしてそんな状況になってしまったのかというと、目の前で両親がひどい喧嘩をしていたんですよね。
そんな中、母が泣き出してしまったために「母を守らねば!」という心が働き、私が父を殴るという行動にでたのだと思われます。
その時から、私は「母に代わって感情を清算する人」という役目を自ら請け負っていたのです。
喧嘩の仲裁
幼少期から、私の父はギャンブルにどっぷり嵌まっておりました。
しかし、やればやる程お金が出ていってしまうのがギャンブルの仕組みというもの。父は常に金欠状態でした。
その為家族にお金をせびりに来ます。
「5000円貸してよ、倍にして返すから」
この台詞はもう何度聞いたか分かりません。
そんな中、毎度同じような金貸せ台詞を聞いた母な激怒しておりました。
そして、私も激怒するのでした。
母が怒っているのだから私も怒らねばならない、そう思って母と一緒に父を避難し続けました。
子供が片方の親を憎み、もう片方の親に追従する。このような構図が、私の家のなかに出来上がってしまったのです。
その後、上記のような形で母の気持ちに同調し続ける日々が続きました。
自分の気持ちがわからない
高校生になり、進路として大学進学を考えていたときのことです。
担任の先生との面談で、どこの大学に行きたいのかと聞かれ、
「○○大学に行けば、両親も喜ぶと思うので〜」
と述べたところ
「いや、親とかは関係なく、あなたはどうしたいの?」
と返されてしまいました。
衝撃でした。それまで、私の意思には親(特に母)がどう思うかが念頭にあったので、自分の答えが全く出てこず、答えに詰まってしまったのです。
親は子供にとって、一生ものではありません。いつか離れる時が来る。
「そうなった時、私はどうやって物事を決めて、判断していけばいいんだ...?」
と恐怖に戦きました。
アダルトチルドレンの特徴として、「自分の気持ちが分からない」というものがありますが、それはこのように形成されていくのだと思います。
今日はこの辺で。
それではよい1日をお過ごし下さい。
【アダルトチルドレン】親子間ゲーム
海外ドラマ「ベイツモーテル(Bates Motel)」から
皆さんは、海外ドラマなどをよく見る方でしょうか?
私はどちらかというと映画派なのですが、最近「ベイツモーテル」というドラマに自身の親子関係の闇が垣間見えてしまって、辛くなってしまいました。
あ、ドラマ自体はめちゃくちゃ面白いですよ!
自分はアマプラで全話視聴しました笑
ドラマによく出る「親子間ゲーム」
皆さんは、親が落ち込んだり取り乱しているのを宥めてその場を丸く収めたりしたことがありますか?
春巻はもう数え切れないくらいあります。
そんなやりとりが、ベイツモーテルの中には本当によーく出てくるんです。
例えばこんな感じ
親
「もう人生終わりだ、今まで頑張ってきたのに、全部無駄になってしまった!!!
どうして自分はこんなにも報われないの!!??」
子供
「そんなことないよ、お母さんは今まで本当によくやってきたよ、これからきっと良くなるよ」
親
「そんなこと言ってくれるのはあなただけだよ、あなただけが私の味方たよ」
はい、こんな感じです。
こういうやりとりが、春巻の家にはだいたい毎日ありました。
これを私は、「親子間ゲーム」と呼んでいます。
親の慰め役を子供にやらせることによって、親子間の依存関係をより強固なものにしていこうという親の無意識的な企みによって子供が参加させられるゲームです。
上記のようなやりとりならまだ良いのですが、親が機嫌の悪さを態度で示して、子供に「察しろ!!」というメッセージを出してきたならもう大変です。
子供は親の顔色や機嫌を逐一伺って暮らさねばなりません。
子供にとって本当の安全基地であるはずの家が、いつ無くなるかわからない「仮の居場所」のようなものになってしまうのです。
こうなると、子供は大人になった時本当に苦労します。
実際の例が私です。
人の顔色を伺うことが処世術になってしまった人間は、自分の大事なものや興味のあることよりも、相手の都合を優先させてしまうので、都度フラストレーションを心の中にためていきます。(意識的な場合と無意識的な場合があります)
結果、それが爆発する(鬱病等の病気になる)というワケです。
また続きは後日。
それでは、良い1日を。
【アダルトチルドレン】母親との関係について
母という人
母は、とても優しくてひょうきんな人でした。
でもたまに、ヒステリーを起こしたように興奮したりして、周囲を驚かせることも多い人でした。
母との関係
母との関係は、どのような言葉で表せばいいのか、難しいところがあります。
ただ昔、母に「あなたは私の友達のようだね」と言われたことがあります。
つまり、子供としては思ってないよということなんでしょうか・・・
母がヒステリーを起こした時、それをひたすら宥めるのが私の役目でした。
今日は母の機嫌がいいな、明日は悪くなっていないかな、そういったことを気にし続けた子供時代でした。
その結果春巻はどうなったか
結果、社会人になって春巻はぶっ壊れることとなりました。
どうぶっ壊れたかというと、心が疲れ過ぎてゾンビのようになってしまった状態と言いましょうか。
何をするにも人より100倍くらい労力が必要な上に、何に対しても心が動かなくなってしまったのです。ズーンと沈んだ心がいつまで経っても戻ってこない感じです。
視覚的なイメージで言うと、黒い雨が染み込んで真っ黒な自分になっていく感じ...といったところでしょうか。
もう黒く染まった部分は動きもせず、ただ固まってそこにあるだけなのです。
動かない肉の塊、それが私でした。
医学的にはこれをうつ病と呼びますが、当時の自分は、「こんなんで鬱なんて言ってたら、本当に鬱病の人に申し訳ない・・・」と思って生きていました。
これまでの人生、あまりにも人の顔色を伺い過ぎて、結果的に心労が半端なかったからです。
その心労が一気に来てしまったのです。きっかけは、上司のパワハラでした。
しかし、それは一つのきっかけに過ぎませんでした。
たとえ例の上司からパワハラを受けなかったとしても、どこかのタイミングで鬱病にはなっていたと思います。
長くなってしまったので今日はここまで。
これから、書きたいことを適当に書いていきたいと思います。
それでは良い1日を。